東京地方裁判所 昭和38年(ワ)8091号 判決 1967年9月28日
理由
第一、昭和三八年(ワ)第八〇九一号、昭和三九年(ワ)第八四八〇号事件について。
一、《証拠》によれば、参加人は、昭和三九年五月八日原告より本件貸金債権残元金一二〇万円およびこれに対する利息損害金合計金二一九、〇八二円を参加人主張の本件建物に設定された抵当権、連帯保証による債権(右債権譲渡については、同号証には必ずしも明示されているとはいえないが、同号証中第四条の記載からこれを推知することができる。)とともに、これらの債権ないし抵当権が真実に成立したか否かの判断についてはしばらく据き、少くとも外観上譲り受けたことが認められ、被告等全員が参加人主張の各日時原告よりその旨の通知を受領したことは当事者間に争いがない。
二、よつて、参加人主張の消費貸借契約、連帯保証契約並びに抵当権設定契約が参加人主張の各当事者間において締結されたか否かについて判断する。
参加人は、原告は、昭和三六年一一月一日被告会社に対し金一五〇万円を参加人主張の約旨の下に貸付け、被告奥村および岩沢政明は、被告会社のため右債務を連帯して保証しかつ、岩沢政明は、右債務を担保するためその所有の本件建物に第一順位の抵当権を設定した旨主張し、証人水口寛(第一、二回)、同高瀬トキは、いずれも右主張に符合するよう証言しているが、右各証言は、後記各証拠に比照して到底信用することができず《証拠》により成立の認められる同第五号証(もつとも、右各号証中その一部の成立につきそれぞれの請求当事者間に争いのないことは、証拠の掲示欄に記述したとおりである。)後記認定の理由により参加人の主張事実を認定する資料とするに足りず、その他本件に現われた全証拠によつても右主張事実を認めるに足りない。
却つて、《証拠》を総合すると次の事実を認定するのに十分である。
(一) 被告会社は、建築請負を業とする会社であるところ、同会社代表取締役奥村大策は、昭和三二年頃他よりの紹介で高瀬トキと知合いとなり、昭和三六年三月中同人との間で、東京都江東区亀戸町に飲食店営業のための店舗兼居宅一棟の新築工事を代金二、二七三、二〇〇円の約で請負契約を結び、同年五月頃、これを完成して高瀬に引渡した。被告会社は、同年九月頃に至り営業用機械購入のため融資を受ける必要を生じたところ、高瀬より当時原告公庫の代理業務を行う参加人金庫の貸付係長をしていた水口寛を紹介され、水口に依頼し原告より右機械の購入資金として金一五〇万円の融資を受けることとなり、その申込に当り水口の指示するままに、いずれも印刷された文字以外には何等の記載もなかつた金銭消費貸借契約証書(甲第一号証)、借受金の領収証並びに念書(同第九号証の一、二)の借主ないし連帯保証人欄に被告会社代表者ないし被告奥村個人として署名または記名押印し、同被告の印鑑証明書その他水口より提出を求められた書面数通とともに同人にこれを交付した。
(二) 他方、岩沢千代子は、東京都中野区天神町の自宅において美容院の開業を計画し、その資金に充てるため懇意の間柄にある石塚真澄子を介し知合つていた高瀬から昭和三六年九月頃、恰かも被告会社が高瀬に右事業資金の融資方を申込んだのと殆ど時を同じくして紹介された水口に依頼して金融を受けようとした。しかるに、高瀬と水口は、右融資を受けるには担保を必要とするということであつたので、千代子は、その夫岩沢利三郎と相談の末、利三郎の実弟の岩沢政明よりその所有の本件建物を右融資の担保とすることにつき、承諾を得、同年一〇月中右建物の権利証を高瀬方に持参したところ、同人より借入れに必要な一切の書類は水口において作成するから更に政明の実印および印鑑証明を持参するよう指示されてこれを持参し高瀬に託した。
(三) 千代子は、その後水口の取扱いで結局国民金融公庫から金五〇万円をその後岩沢利三郎名義で借り受けることができたが(千代子は、右金融を得られたのは、当然その担保として本件建物に抵当権が設定されたものと信じていた。)、被告会社は、その後水口より何等の連絡もなく、ついに借入れの目的を達せずにいた(もつとも被告奥村は、昭和三六年一一月末頃被告会社代表者として水口より金五〇万円を受領したことはあつたが、右は前記説示の高瀬に対する店舗兼居宅新築工事の請負代金の一部として受領したものであつて、被告会社において融資を受けようとした一五〇万円とは何等の関係もない。また、右甲第五号証によれば、被告会社は、右融資金として金一五〇万円を受領したことを推測させるような記載があるが、同号証は、被告会社代表者奥村が昭和三七年八月頃高瀬より懇願されて水口が参加人金庫における職務上の窮地におちいることを気の毒に思い止むを得ず被告会社において原告より融資金一五〇万円を受領していることを確認する旨記載した書面である)。しかるにその後昭和三八年二月下旬に至り、千代子は、参加人より抵当物件たる本件建物につき大東京火災海上保険株式会社との間に締結された保険金額を金一〇〇万円とする火災保険契約の保険料の支払請求を受けるに及んで不審に思い、参加人について調査した結果、岩沢政明、岩沢千代子、同利三郎と被告会社および被告奥村とは一面識もなく、何等の利害関係もなかつたのにかかわらず、政明はいうまでもなく、千代子の全く知らぬ間に、本件建物は、昭和三六年一一月一日付で被告会社が原告に対し申込んでいた前記金一五〇万円の融資のため抵当権が設定され、かつ、政明が被告奥村とともにその連帯保証人とされていること(甲第一、七号証)並びにこれに対比する如く、千代子が国民金融公庫より借用した金五〇万円の債務については、被告奥村において昭和三六年一〇月下旬右債務の連帯保証人とされており、却つて本件建物には抵当権の設定がなされていなかつたことを発見するに至つた。
(四) かくて、千代子は、昭和三九年三月頃より渡辺孝とともに高瀬、水口および被告奥村に対しその解決方策につきしばしば交渉したところ、被告会社に融資されるはずの金一五〇万円については、水口が一旦原告公庫より引出した後高瀬とともにこれを他に流用したことが判明し、右両名においてその非を自ら認め、その解決を約した。なお、高瀬は、当時既に右流用金一五〇万円のうち原告に対し元利合計金約三〇万円を自ら返済していたものである。
以上認定の事実によれば、高瀬トキ、水口寛は、それぞれその地位、知合関係を利用して両名共謀の上被告会社が原告より金融を受けようとして提出した関係文書に、ほしいままに岩沢政明が被告会社のため右債務を被告奥村とともに連帯保証し、かつ、本件建物に抵当権を設定することを承諾した旨記載し、右文書を冒用して原告より金一五〇万円を受領して他にこれを流用したことが推認できる。従つて、原告より被告会社に対する金一五〇万円の消費貸借契約は、金員の交付がなく未だ成立するに至つておらず、岩沢政明は、原告に対し被告会社のため右債務を連帯保証しかつ、本件建物に抵当権を設定する旨約したことのないことは明白である。
第二、昭和三九年(ワ)第一一〇二八号事件について。
一、まず、被告岩沢等は、同被告等が参加人との関係において、参加人の主張するような連帯保証債務の存在しないことの確認を求めているが、右請求は、参加人が既に昭和三九年(ワ)第八四八〇号事件において同被告等に対し求めている前記保証債務金の給付請求と二重訴訟の関係にたつものと解するのを相当とするから、前記保証債務の不存在確認を求める同被告等の請求は、不適法であるといわなければならない。
二、次に、被告岩沢等共有の本件建物につき同被告等主張のように、本件貸金債務を担保するため抵当権設定登記のされていることは当事者間に争いないところ、政明が本件貸金債務のため本件建物に抵当権を設定することを承諾したことのないことは、上記認定のとおりである。そうとすれば右抵当権設定登記はその原因を欠いて無効であることは明かである。
第三、以上の次第であつて、被告等に対し本件貸金残金の支払を求める参加人の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく失当であるからこれを棄却し、参加人に対する被告岩沢等の本訴請求中右抵当権の抹消登記手続を求める部分は、正当であるからこれを認容し、その余を不適法として却下。